空間を清らかに整える
「室礼」を通して自分を見つめる

樺澤 貴子さん

多様化が進む今、自分らしさを発揮できる一方で、選択肢の多さに戸惑うこともあるかもしれません。そんなときは、日本人としてのアイデンティティを見直すことで、自分の“軸”を取り戻しやすくなります。そこで、今回から日本文化に詳しい方々にお話を伺い、“多様化の時代に大切な日本の心”を探ります。第1回は、現代のライフスタイルに合わせた「モダン室礼」を提案する樺澤貴子さんに、季節や自然の節目を表す「室礼」について教えていただきました。

器に季節の趣を表した室礼

季節の食材に縁起を担ぐ言葉を重ねる、日本語ならではの感性も室礼の魅力です。

古来より受け継がれてきた「室礼」とは?

「室礼とは、季節の趣を空間に表す、日本古来の風習です」と樺澤貴子さんは話します。その根底にあるのは、日本人の暮らしの中から生まれた神道の考え方です。神道では、神々は海や山、森など自然そのものに宿ると考えられ、榊を立て、しめ縄を張るなどして、場所を清め整え、神さまを迎えていました。これが、室礼の原点といわれています。

「室礼の歴史を紐解くと、平安時代に現在の年中行事の原型が生まれました。3月3日の上巳の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕など、宮廷文化の中で季節ごとの祈りや行事が体系化され、この時代に空間に季節感を表す美意識が育まれました。

武士が台頭する鎌倉〜室町時代になると、空間に秩序が求められ、書院造が成立します。室内の中心となる場所に床の間が設けられ、床の間に近い席を上座、遠い席を下座とすることで、主客の関係性が表されました。また、違い棚に飾られる器や香炉は、その家の教養や品格を示す役割も果たし、武家社会の広がりとともに、室礼にも“格式”という考え方が取り入れられるようになりました。

さらに、安土桃山時代に活躍した千利休によって、“引き算の美しさ”が一層深められます。豪華さよりも静けさや余白に価値を見出した千利休は、簡素なしつらえを追求しました。そして、一期一会の思想のもと、その日に招く客人や趣向に合わせた掛け軸を床の間に掛け、一輪の花を添え、相手に心地よく過ごしてもらうための心づかいを空間に込めることで、室礼をもてなしの芸術へと昇華させたのです。

やがて江戸時代になると、町人文化が発展します。正月飾りや雛祭りの雛人形、端午の節句の兜などが一般家庭にも広がり、室礼が暮らしを彩る生活文化として定着し、今に継承されています」

季節の食材を取り入れた室礼

季節の初物や草花を整えることで、日常の中に清らかな場をつくります。

室礼で大切なのは「あわい(間)」を設けること

現代の生活に室礼を取り入れるには、どんなことを大切にするとよいでしょうか。

「神さまとの『あわい(間)』の空間を設けることが大切だと思います。あわいとは、ものとものとの間にある、ゆるやかな境目や余白を表す言葉で、白黒をつけないグレーゾーンに漂うものや宿るものを指します。あわいの空間は、清らかな和紙を敷くことで設けることができます。季節の初物をいただくときなどに、すぐに口にするのではなく、まずはお皿やお盆に和紙を敷いて、その上に食材を盛り、神さまに捧げて感謝の気持ちを示すことで、室礼を実践できます。

現代の住環境は、昔に比べて和室が少なく、玄関の構造なども、以前とは異なります。住まいの形式にとらわれすぎず、ダイニングテーブルやシューズボックスなど、日常が通う空間に和紙を敷いて場を整え、季節の花や食材を盛ることで、室礼を楽しむことができます。いにしえより受け継がれてきた日本の精神文化を、現代の生活スタイルに合わせて取り入れることが、私が提案する“モダン室礼”です」

現代の住まいに合わせた室礼

住まいの形式にとらわれず、日常の空間に季節の趣を表します。

季節の移り変わりを感じることで日々が豊かになる

室礼は四季折々を彩る年中行事に合わせて楽しむことができますが、さらに細かく季節をとらえることができます。

「古代中国で生まれ、飛鳥時代に日本に伝わったといわれる季節の暦、二十四節気や七十二候を取り入れると、季節をより繊細にとらえることができます。二十四節気とは、一年を24等分した暦で、二十四節気をさらに約5日ずつに分けたものが七十二候です。たとえば、二十四節気では4月4日〜19日頃を『清明(せいめい)』と呼び、木々の若芽が一斉に芽吹き、花が咲く、明るく清らかな春の様子を表します。続く、4月20日〜5月4日頃は『穀雨(こくう)』と呼ばれ、春の柔らかな雨が降り注ぐ時期を示します。こうした季節の移り変わりを細やかに感じ、室礼に映すことで心が動き、喜びが生まれます。人生は一日一日の積み重ねですが、室礼を知ることで、毎日がより豊かになると思います」

また、室礼では、季節の食材におめでたい吉祥の言葉や縁起を担ぐ言葉を重ねて、神さまに捧げます。

「現代の正月飾りでは、鏡餅の上にみかんがのせられますが、かつては、お盆に“だいだい”を盛り、家が“代々”豊かになることを願っていました。こうした語呂合わせのような日本語のセンスも楽しく、自然に心を寄せる日本人ならではの美意識は、海外の方とコミュニケーションをとる際のきっかけにもなるのではないでしょうか。

同時に、空間を整えることは、自分の内面を見つめることにつながります。また、季節の節目を意識することはリスタートのチャンスにもなり、新たな気持ちで物事に向き合う機会を自らつくることができます。私自身、室礼を実践するなかで自分と向き合うことができ、自分自身を振り返る大切な時間になっています」

情報過多な現代社会では、自分の外側の世界に意識が向きやすくなります。時代を超えて受け継がれてきた室礼を日常に取り入れることで、ふだんは気づかない心の機微に触れ、本来の自分を取り戻しやすくなるかもしれません。多忙な日々の中で、ほんの少し立ち止まり、季節の光や頬に触れる風を感じ、自分なりの形として表現してみませんか。

【文:野口美奈子】

編集後記

「英語は話せるけれど、いざ日本のことを聞かれるとうまく答えられない」というのはよく聞くお悩みです。語学力とともに自国の文化を語れる教養を持つことは、真の国際交流への第一歩。まずはご家庭で、四季を感じる室礼を楽しんでみませんか。

樺澤貴子さんのプロフィール写真

樺澤 貴子(かばさわ たかこ)
旅するクリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のブランディングや日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。きもの専門誌において約四半世紀にわたりキャリアを重ねる。また、旅の連載を通して日本各地の文化や風習を再発見している。茶の湯の世界には約20年没頭。取材を通して知り得た平安期から続く季節の室内装飾文化「室礼」を暮らしの中で実践し、今様の暮らしにフィットした「モダン室礼」としてワークショップも主宰している。
Instagram:kotoba_no_furu_mori

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