
じろうさん(シソンヌ)

ECC 東京本部にて
ECCジュニアには、いつから通われていたのですか?
小4からです。青森県弘前市の「ECCジュニア文京町教室」に通っていました。3つ上の姉が中学に入った頃通いはじめ、「じゃあ、あんたも行ってみる?」という流れでした。僕は運動が得意ではなくて、当時は小児喘息もあったので、そういうこともあって勧めてくれたのかもしれません。
先生はどんな方でしたか?
細井裕子先生は、一言で言えばスーパー先生。教室は今も続けていらっしゃいます。英検®1級を持っていて、英語もペラペラ。もう全然ネイティブの英語です。すごくいっぱい喋ってくれますし、服装もおしゃれな感じで、普通のおばさまとはちょっと違う雰囲気でした。僕は高3まで、9年間通いました。
やはりその頃から周りを笑わせるような面白いお子さんでしたか?
ひょうきんでした。小学生のときは、お楽しみ会のような機会があると、よく率先してステージに上がっていましたね。人を笑わせたりするのは好きでした。でもECCの教室は隣の小学校の学区にあったので、ふだんとは違う環境でした。違う学校の子たちと6人ぐらいでレッスンするので、やっぱり緊張はしていましたね。完全に楽しんでいるテンションではなかったんですよ(笑)。知らない子たちの中で英語を喋るのはちょっと恥ずかしいと思いながら、でもなんとなく居続けてみようという感覚だった気がします。
中学や高校で、英語は得意科目になりましたか?
英語だけは真面目にずっと勉強していましたね。センター試験でも英語だけは良くて、200点満点で196点くらい取ったんですよ。でも数学がもう全然ダメで。点数が低すぎて、数学が必要な大学はどこも出願できないくらい。200点満点で12点とかですから(笑)。
今はいわゆるブランド大学でも英語1科目で受験できる所が増えました。受験の時期が今だったら、人生の展開が違っていたかもしれませんね。勉強以外でも英語に触れる機会はありましたか?
僕は中高生の頃たまたま洋楽にはまって、歌詞カードを見ながら洋楽をたくさん聴いていました。中学の時に同級生と2人でその子のお姉さんから勉強を教わっていたのですが、そこで「1960年代のヒットソング5枚組」みたいなCDを聴かせてもらったんです。ビートルズとかカーペンターズとか有名な曲がたくさん入っていて、それがきっかけで、クイーンなどの洋楽を聴くようになりました。
歌から入るのは、勉強としても良いと思いますね。カーペンターズはすごく綺麗な発声で歌ってくれるので、初心者でも聞き取りやすいと思います。洋楽を聴き流しているだけでも、全然違うと思うんです。僕は「この発音はこうやって言った方がかっこいいな」とか考えながら聴いていましたね。
聴くだけじゃなく歌ったりも?
家でCDラジカセをかけて、歌詞カードを見ながらそれっぽく真似して歌うというのはよくやってましたね。「かっこよく喋りたい」ということにすごくこだわっていたと思います。
学校でも、発音を褒められたのでは?
いや、学校では恥ずかしくて、全然出しませんでした。一人でいる時と、ECCにいる時だけ。うーん、ECCにいるときも、erの発音など、はっきり言っていなかったと思います。今思い出しました(笑)。
気恥ずかしさは、学習者が直面しやすい問題ですよね。
でも、中学生の時にスピーチコンテストがあって、自分から出るとは言えなかったのですが、予選の準備を進めていた細井先生が「じろう君、この文章読んでちょっとカセットに録ってきて。先生、聞くから」って言ってくれて。それで中学生なりに何かスイッチが入って「ここで1回、ちゃんと自分なりの本気の英語で先生に聞いてもらおう!」と録音したら、すごく褒められたんですよ。「年のyear と、耳のear をナチュラルに区別できて発音できる人は100人に1人しかいない。あんたはそれができている!」と言ってもらって、それをすごく覚えています。

それはすごく自信になりますね。
高1の冬休みには、細井先生の引率で他の生徒何人かとアイルランドで3週間ホームステイもしました。弘前市内の高校にアイルランド人の先生がいて、細井先生がお世話していた関係で実現したのだと思います。現地では英語を教えてもらいながら、みんなで食事に行くレストランを電話で予約してみるとか、そういうことも体験させてもらいましたね。18歳くらいまでは、将来は英語の仕事をしようと思っていました。とにかくアメリカに住みたいと思ってましたね。向こうで日本語を教える先生だとか、そういう仕事に就けたらいいなと思っていました。それで大阪の関西外国語大学短期大学部に進学しました。
東北や関東ではなく、遠方の関西に進学した理由は?
いろんな地域の大学からカリキュラムを取り寄せてみて、その中で一番行きたいと思ったのが関西外国語大学だったんです。でも最終的に、四年制の方ではなく、抑えで受験していた短大に入りました。外国人の先生が多くて、ディクテーションの授業では随分リスニングが鍛えられました。ECCでも会話のキャッチボールの練習はよくしていましたが、長い会話のリスニングは、その頃が一番できていたと思います。
どんな学生生活でしたか?
勧誘されて4年制大と合同の映画研究部に入ったんです。そこの先輩は自分たちでも映画を作るのですが、本当に変な映画ばっかり観ていて、なぜかいつも部室にいて(笑)。それに京都には高校の同級生がいて、コントとか音楽といったサブカルチャーに詳しかったんです。コントユニットの「シティボーイズ」の舞台を観に近鉄劇場に誘ってくれたのも、その友だちでした。それぞれからいろんなサブカルチャーを教えてもらっていましたね。
文化を一気に吸収した期間だったのですね。元々志望していた四年制への編入は考えませんでしたか?
映画研究部の先輩たちを見ていて、「自分はここに4年いてはダメだな」と思ったんです。楽しすぎて(笑)。「もうちょっと遊びたかったな」ぐらいがちょうどいいのかなと思った記憶がありますね。短大を卒業したら東京に行こうと決めていて、その頃はコントやコメディの役者さんをやりたいと思っていました。そこからどこかでちょっと道がそれて、入り口がお笑いになって、今そのままお笑いをやっているという感じです。
英語を勉強しようと思って大阪に行ったら、全然違う扉が開いたのですね。芸人さんとして下積み期間もあったかと思いますが。
すごく貧乏だったんですけど、やめる気は全然ありませんでした。別に生きてはいられたんですよ。60円しか持っていなくても、同期の仲間にそう言ったらお金貸してくれますし。それに「よし、これでいける」って思った瞬間も特にないですね。あんまり物事を重く捉えなかったというか。どちらかというと、貧乏な時も今もあんまりメンタリティは変わっていないと思います。
売れっ子の芸人さんは、一握りだとか。
本当に芸人だけで食えているのは少ないと思いますね。でも僕みたいな状態で、貧しくても別に辛くなくて、なんか楽しいっていう奴も、多分いっぱいいると思います。それに、ライブでお客さんを笑わせてそれを感じるって、とんでもないエネルギーになるんですよ。一般の方には分からない部分かと思うのですが、すごいストレス解消というか、幸福というか。
歌手も一度ステージに立ったらやめられないと聞いたことがあります。
歌手の方とは、違う酔い方なんだと思います。お客さんの笑いに力があるので、それを浴びるか浴びないかで違いがあるというか。芸人はライブで笑いを受け取り、キャッチボールまでできたりしますが、歌手の方にはそういった「返り」はありませんよね。その代わり、自分の世界観を突き詰めていかれるのだと思います。ライブは好きですね。でも僕はコントで誰かに扮して何かやっていることが楽しいんです。スタジオ収録でもコントはやっていて楽しいです。

流暢な英語を使ったコントも発表されていますが、反響は?
青森に帰った時に、細井先生に挨拶に行ったら、「英語のネタ見たよ」ってDVDも買ってくださっていて。「先生が教えてくれた英語でとんでもない下ネタをやってすみません」と平謝りでした。あのコント、実はちょっと下ネタなんです。それにもかかわらずある大物ミュージシャンの方も観てくださって、「英語が素晴らしかったです」とお手紙もいただきました。
なんでもない場面でポロッと綺麗な英語が出ちゃう、そんなネタもやっています。僕が仕立て屋のおばさまで、相方の長谷川さんがお客さんとして「ちょっとスーツ作ってほしいんですけど」と来る。そこで「うちの店originalのでいいの?」とちょっと英語が混じっていて、驚いて「オリジナルですか?」と聞き返すも、「ん?original
よ」と返される。
ちょっとした違和感から一気に引き込まれますし、上品なおばさまが魅力的です!
英語は財産というか、やっぱりやっていて良かったなと思いますね。こんなふうに本当に何が武器になるか、わからないですから。でも、もう一回勉強し直したいとずっと思っています。4月になると、NHKのラジオ講座のテキストを買って「今年こそはちゃんと通してやろう」って(笑)。英語だけはもう、生きてるうちに、マスターしようと思っています。
ECCジュニア生にメッセージをお願いします。
習い事って、本当に財産になるんです。何かに費やしている時間って、無駄なものってないんですよ。大人がこう言っても、絶対子どもたちはわかってくれないと思うんですけど(笑)。コンプレックスだって武器になるんです。芸人だから言えることですが、面白く昇華させてくれる人が周りにいると、自分がコンプレックスに抱えているものほど、お笑いになるんです。でも芸人を目指す子どもたちじゃないですもんね(笑)。これからも頑張って英語を学んで、生きた言葉でコミュニケーションしていってほしいですね。
【文:加藤理美子、撮影:梶浦政善】
じろう
青森県弘前市出身。本名・大河原次郎。関西外国語大学短期大学部卒。2005 年、吉本興業の東京NSC に入学。06 年、お笑いコンビ「シソンヌ」をNSC 同期の長谷川忍と結成。
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年「キングオブコント」優勝。俳優や脚本家としても活躍中。昨年出版の『シソンヌじろうの自分探し』(東奥日報社)は、地元の新聞での連載3年分をまとめた初エッセイ本。